2020年03月27日

昭和新山の生き物3 カラスのねぐら

11.
10年前、カラスの糞公害が北海道伊達市で社会問題化した。我が家の近くのお宅でカラスが巣をつくり、共働きで気が付くのが遅れ苦労したことがあった。親しみの中に好きになれない怖さを持ち、とは言え憎めない身近な生き物がカラスである。特に、クルミをくわえて飛び上がり、アスファルトに落す知恵の凄さを「トビオトシスキー作曲 クルミ割りカラス」などと褒められる不思議な動物である。
11カラス糞公害地図 伊達市

12.
日が西に傾くと、エサ場近くの見通しの良い高所に集まり、家族単位にねぐらに向かう。専門家は「智恵のついたつがい」が集団をリードするという。糞公害に悩まされる市民は、カラスの存在を疎ましく思いながらも、ねぐらの一つが昭和新山と聞くと目を丸くして驚くのである。
12国道で糞をまき散らすカラス

13.
昭和新山のどこから、いつ飛び出すのか、2010年の冬至、無人の駐車場で時を待つ変わり者(私)がいた。その時の記録である。

≪日の出7:03≫ 静まり返っている。
≪6:02≫トイレ横の樹でブトが警戒の声、呼応するかのように遠くの新山麓で2羽が鳴く。山に囲まれているので、ドームの中で聞くようで、近くにいるような、良く響く。6:10、新山麓で3〜4羽、お喋りのクワー、クワー、1〜2分続く。6:30、新山麓方面からクワー、クワーの鳴き声とともに、40〜50羽旋回しながら少しずつ長流川方向にずれながら高度を上げる。これに周辺のカラスが参加し旋回する。全体として100羽。先頭を切るのが2〜3羽いた。暗いのでシャッターが落ちない。≫

鳴き声は一部のカラスで、静かに風を切る翼の音が印象的だったという。
13 カラス昭和新山駐車場

14.
≪日の出6:32≫ 5:48、昭和新山の麓から「カー」という鳴き声が始まった。飛び出し6分間、「カー」と「カー」、時おり「ガー」の鳴き交わしが続きました。5:54、最初の飛び出しおこる。一千羽の半分程度のイメージ。しばらく旋回し、帯状になった後、長流川方面に移動していった(日の出38分前)。6:01、その時、最初の飛び出しよりも大きな音が昭和新山の麓で起き、カラス集団が飛び出してきました。その凄さに息を呑みました。一千羽以上のイメージです。長流川方面に行こうとしていた最初の集団の最後の方のカラスがUターンし、この集団に吸収されました。二つ、三つの集団に分かれながら合流し、また、別れ…の乱舞を繰り返しました(日の出31分前)。6:08、一部が帯状になり長流川方面に飛んで行きました。残った集団は旋回を繰り返し、次第に高度を下げてゆきました。6:10、高度を下げた集団は、ロープウエイ昭和新山駅の鉄塔とロープに着陸しました。この映像は、カメラにおさめましたが、全体としての数は、この写真に映った倍はあろうかと思います。≫
14昭和新山のカラスたち

15.
≪日の出6:25≫ 参加者4人。週末の「昭和新山、国際雪合戦大会」会場設営のために、ブルドーザー、トラックなどのエンジン音、ライトが煌々と付き、5:30の到着時には、第一回目のカラス集団の飛び出しが始まっていた。三浦和市さん(写真家)がカメラのセッティングを始めていたが、暗くて飛んでいるカラス集団を見つけることができなかった。5:35、第二回目の飛び出し。この時、木村益巳氏(「森ネット」代表)が到着しカメラを構えたが、飛んでいる様子がわからずチャンスを失った。とにかく鳴き声がないのである。5:40、第三の飛び出し。有珠に住む馬場賢一郎さん(野鳥の会)が到着した。今回の飛び出しは第四回まで続いた。この四回目は、すでに飛び出していた集団が、塒に帰り、再び大集団として飛び出すというパターンがあった。全体として、作業用のエンジン音と、明るいライトによって、カラス集団に落ち着きがなく、「大飛翔」という状況にはなかったが、全員『すごい!』と表現した。

ロープウエイに着陸したカラスを撮影しようと車を移動した。馬場賢一郎さんの観察では約700羽がいる、カラス全体の数は、「1000羽以上」が妥当であろうということになった。

ここでカラスが越冬するのは、昭和新山による暖かさが原因ではないかと話し合われた。
15昭和新山のカラス

16.
観光客で賑わう土産店の前の駐車場から坂をのぼると展望台があり、そこに木製のベンチがある。ねぐらに入る前に、このベンチにやって来たカラスがペリットをはき出した。形として残っているのは珍しい。
16カラスのペリット

17.
植物調査の火山マイスターがゲートから入ったのが3月13日(特別な許可が必要)。まだ、発芽はなく、見通しの利くけもの道が上に伸び、あたりは静まり返っていた。ゲートから100mもいかない所に、おびただしい白い糞がまき散らされてあった。カラスの糞である。ペリットも転がっている。専門家は常緑の針葉樹で夜を過ごすというが、無防備な落葉樹ドロノキ、ミズナラ、ハリギリで夜を過ごしている。安全で暖かな場所という “カラス文化”を受け継いでいるようである。
17カラスなぜ落葉樹で夜を過ごすのか

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 15:33| Comment(0) | 昭和新山の生き物

2020年02月27日

昭和新山の生き物2 わからないことを楽しむ

(06) 観光客が訪れる展望台の近くにひときわ葉の大きなシラカバの肌に似た樹があった。芽吹きが遅く、芽吹くとあっという間に葉を大きくする。「ウダイカンバ」と専門家は言う。石を手に取り「シソキセキセキエイアンザンガン」と言われたことがあった。赤い昭和新山の石との違いに驚いて覚えた。「あれ、ウダイカンバだ」と葉のデカさが遠くからもわかるカバノキ科の一つである。
06ウダイカンバ 昭和新山

(07) 伊達高科学部は1964年調査を終え、昭和新山の「植物調査」報告書を発表した。噴火終息約19年後だ(1945年12月)。西山山麓2000年噴火後の今と重なる時期ということになる。つまり、西山山麓火口周辺を歩くということは、当時の伊達高校生の気分となるはずだ。
07伊達高校昭和新山調査

(08) 2000年噴火15年後の西山山麓火口である。オオイタドリ、アキグミ、シラカバ、ハンノキ、エゾノコンギク、ススキ、ヒメジョオン、アキメヒシバ、噴気孔は100℃、春には周辺にハハコグサがあった。
08西山山麓火口

(09) 伊達高科学部報告書に出てくる植物は以下の通りで、遷移図はそのうちの6種(オオイタドリ、シロツメクサ、スギナ、ホッスガヤ、ミヤコグサ、ヤナギ)。他に、フキ、オオマツヨイグサ、オオバヤナギ、スベリヒュー、ミヤマハンノキ、シラカバ、苔、イヌタデ、ウダイカンバ、アカザ、ドロノキ、ラクヨウがあった。ラクヨウはカラマツである。
09カラマツ 西山山麓

(10) 2000年噴火が起きた3月31日、火口から約600m南西に洞爺湖幼稚園があった。噴石と火山灰が降り注ぎ、直径1.3mの噴石も落下した。建物は破壊され、広い運動場も地殻変動で傾いた。ここに「植生回復観察エリア」が設けられている。アキグミ、シラカバ、ドロノキ、ノイバラ、アカツメクサ、アキタブキ、アマニュウ、オオハンゴンソウ(外来種)、オオヨモギ、スギナ、ススキ、シロツメクサ、ノラニンジン(外来種)がある。
10植生回復観察エリア有珠山噴火

(11) 昭和新山の入口ゲート前である。70年が過ぎ、多様な植物たちが待ち構えていた。すると専門家は「ドロ、ホオ、うわ〜、いっぱいある!」と私たちに言うのである。そして「あっ、ダイコンソウだ!」とも。火山マイスターにとっては、何が何だかわからない。わからないことを、楽しむしかないのである。
11昭和新山入り口ゲート

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 14:09| Comment(0) | 昭和新山の生き物

2020年02月04日

昭和新山1 プロローグ

(01) 「畑の中から生まれた火山」「日本の国の特別天然記念物」「個人所有の火山」などと世界に知れわたった山を一目見ようと、今も、国内・外から多くの観光客が観光バスでやってくる。撮影場所は海抜約180mの駐車場。標高398m、高低差約210m、地下深くのマグマが顔を出した赤い山です。長い時間をかけ収縮し、数m低くなりました。
01畑の中から生まれた火山

(02) 70年以上たった昭和新山です。昔、修学旅行で見たという観光客は、異口同音に、「昔と変わらない」「緑はなかったはずだ」と言い、三松正夫氏がこの山を買い取った目的を、70年経った今の人々が表現してくれます。不確かな思い出に浸り懐かしみ、少年時代にタイムスリップさせてくれる山です。
0270年以上たった昭和新山

(03) この図は北海道伊達高等学校科学部(指導者・小松浩一教諭)らが、植生の回復として行った調査図をカラー化したものです。オオイタドリが、年とともに、少しずつ山頂に向かって生えあがっていく様子がわかります。
03オオイタドリ

(04) オオイタドリの雌です。生育し始めた昭和22年(1947年)頃から、伊達高科学部が調査を始め、1951年、1956年、1960年、1964年の4回にわたって記録しました。その熱意に頭が下がります。
04オオイタドリの雌

(05) 洞爺湖有珠火山マイスターらは、高校生のこの調査に元気づけられ、特別な許可をいただき、植物調査チームを編成し、これに地元の「NPO法人・森ネット」の専門家を加えた調査を始めました。
05昭和新山植物調査チーム

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 14:22| Comment(0) | 昭和新山の生き物

2019年12月19日

石ころ物語 エピローグ 石ころ

119. 玄関の置物1
ある施設の玄関に置かれた自慢の石ころだ。なぜここにあるのか、どうしてこんな石ころが出来るのか不思議でならない。世界の鉱物の半分が日本にあるそうだ。それだけ日本は多様な地質に富んだ国といえる。しかし、関心は低い。
119玄関の置物

120. 玄関の置物2
でき方は単純そうに見えるがわからない。しかし、よくこんなものを見つけたものである。地面から掘り出し、磨き上げたものだろう。自慢する訳だ。そういう技能を持った民族とも言える。
120玄関の置物2

121. 勾玉(まがたま)
ヒスイだ。海岸で拾った石ころを磨くとこんなものへと変身する。美しい石ころにはトゲがあるから注意しよう。
121勾玉

122. 人工水晶
これ水晶と言っても信じない。30年近く前に知り合いからいただいた宝物だ。地下資源の枯渇に危機感を持ったユネスコはジオパークをスタートさせた。ところが、管理費がかさむ割には観光客が来ないとジオパークから撤退したところもある。ジオパークの意味を浸透させるには時間がかかりそうである。
122人工水晶1

123. 人工水晶2
人工水晶はすでに日常のクォーツ時計、ライター・着火マンなどで使われている。圧をかけると磁場が生じ電子が流れる性質を活用したものだ。2003年には15万気圧・2000℃・数十分で人工ダイヤモンドの生成に成功している。地球内部は高圧と高熱の世界。最も解明されていない場所である。
123人工水晶2

124. 何だろう?
「河原で拾った石ころ」と言って見せ、「ダイヤモンドだよ」というと、誰もがジョークだと思うものである。地下150kmから音速に匹敵する速さで急上昇した特殊の場所のマグマが固結するとダイヤモンドができるそうだ。日本でも石ころの中に微量なものが見つかったという。軍事費を削り地球内部の研究に振り向けると、世界に先駆けて飛躍的にその謎が解けるはずである。
124何だろう

125. 石ころと共に
宇和島の石ころと人間の見事な共生である。道端に転がる石を集め、一つ一つに役割を持たせている。「持続可能な手段による経済の発展」の見本である。「石ころ」を馬鹿にしてはいけない。
125石ころと共に

(おわり)

posted by 忍ちゃん at 18:06| Comment(0) | 石ころ物語

2019年11月27日

石ころ物語 街なかの石ころ2

108. 見事な日高石

隣町・室蘭市の市営運動公園の巨大な石ころ群である。陸上競技場兼サッカー場がある。市営だからこの石ころは税金で買われたものだ。
108. 見事な日高石

109. 歌碑は安山岩

わが町、北海道伊達市ではどうか。記念事業に建てられた歌碑の一つである。コンクリートの上に建てられた。水分量の多いコンクリートは劣化が速い。
109. 歌碑は安山岩

110. 健在な安山岩

1988年建立だそうだ。建ってまだ30年、年数は浅い。安山岩はまだ健在である。施工業者の銘がある?
110. 健在な安山岩

111. 開基100年の記念碑

仙台・亘理藩主は、1868年に、新政権から移住の許可をもらった。戊辰戦争では、仙台藩は反政府軍である。新政権から許可を取るは相当の苦労があったようだ。「蝦夷地を守る、自費で行く」との理由で交渉したそうだ。亘理藩主・伊達邦成(くにしげ)が住んだ場所に碑を立てた。
111. 開基100年の記念碑

112. 本郷新・作

今から50年前、彫刻家・本郷新が「躍進」と名付けた作品である。今年が150年記念の年で色々な行事が行われているが、一般市民は生活に追われ、それどころではない。
112. 本郷新・作

113. 黒雲母花崗岩

「躍進」は、黒光りする黒雲母花崗岩にはめられている。この9月、人口3万4千人を切った。人口減少はさらに加速する。「躍進」は過去のものになりそうだ。
113. 黒雲母花崗岩

114. カオリナイト化

枠は桃色の花崗岩‐桃色花崗岩である。地下深くの花崗岩が、酸性の熱水作用で鉱物が桃色に変質したとのこと。カオリナイト化というそうだ。カオリンという言葉を聞いたことがあるが、関係ありそうだ。
114. カオリナイト化

115. 有珠山溶岩

明治9年1876年、三條実美・太政大臣がこの地に巡視にやってきた。その時に植えたアカマツである。置いてある石ころはその時のものとは思えないが、有珠山の溶岩である。
115. 有珠山溶岩

116. 酸化した赤い溶岩

三條実美は、幕末の尊王攘夷・討幕派の中心人物。戊辰戦争で敗北した仙台藩は、62万石を28万石へと減封された。そのあおりを受け、亘理藩は58石5斗。

溶岩の鉄分が酸化しのだろうか。無造作に置かれた石ころも、時とともに変化している。
116. 酸化した赤い溶岩

117. 飛び石と玉砂利

このお宅の赤味を帯びた飛び石は、有珠山の安山岩ではなく、数百万年前に噴火した紋別岳の安山岩のようだ。板状節理のこの色の特徴に似ている。

玉砂利は、石ころを加工して作られるが、白い石ころは大理石だろうか?
117. 飛び石と玉砂利

118. こんな玉砂利もある

玉砂利も色とりどりである。白だけではなく、黒、茶、青もある、砂利を敷くと、風で運ばれた砂が砂利の隙間に入り、雨によって下に浸み込んでいく。植物のタネが飛んできても発芽できるような環境ではない。草刈の手が省ける。
118. こんな玉砂利もある

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 19:00| Comment(0) | 石ころ物語