2020年09月29日

河口と海岸をめぐって〜8

59. 突堤がどんな理由によって設置されたか、あまりご存知ないと思う。伊達漁港と長流川の間約1400mにほぼ等間隔、海に向かって長さ150m以上が12個設置されている。この写真の突堤は12番目で、「しけ」があっても、隣りの突堤の中だけで砂が動き外に出ないという理屈になっている。浸食防止策である。流れてくる砂を堆積させる役割もあるので、河口の突堤はその点で役割を果たしていると言える。
59 長流川河口の突堤

60. 河口を観察し始めてから9年が経った2013年春、3.11東日本大震災復興税の一部を使って、この砂浜海岸に「農業用護岸工」300m建設するとの情報が自治会に入った(建設開始2014年7月)。5年間の公共事業で5億円の予算がついたという。
60 『農業用護岸工』?なぜ

61. 「国土強靭化」を進める安倍政権は、復興税19兆円の一部を「全国を対象とした海岸や河口を埋める防潮堤計画」として全国に“ばらまいた”のである。
13年9月、住民説明会が開かれた。写真を見せ「海岸が侵食している」とした胆振総合振興局担当者に、「あなた方は海を知らないのか!」と住民たちが一喝した。
61 防潮堤計画

62. 2013年11月、担当者の上司が出席し、『数十年に一度起きる高波による越波を防ぐため』と理由を訂正、時間切れで住民説明会を終了させた。「農地もないのに『農業用護岸工』?何それ!」と市民からも疑問の声が上がったのである。
62 『農業用護岸工』?

63. 2014年7月から工事が始まった。55m、5000万円の税金である。壊された砂丘は3.6m 、2011年3.11の宮城沖巨大地震による大津波を阻止している(津波の高さ2m余)。生まれ育った70代の地元住人は、砂丘を超えた高波は経験していないと言う。故郷の砂浜が失われることへの怒りを語った。
63 故郷の砂浜が失われるこ

64. 突堤の役割は侵食を防ぐこと。等間隔に設置された突堤はその役割を果たすことなく、砂に沈んでいった。この公共事業も税金のバラマキであり、このようにして海岸に人工物が増えていくのである。
64 砂に沈む突堤

65. 〜70 2014年、残された砂浜500mの植生調査の結果である。住宅地図を頼りに、歩測を駆使して作成した。
65 植生調査66 植生調査67 植生調査68 植生調査69 植生調査70 植生調査

(つづく)

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2020年09月15日

河口と海岸をめぐって〜7

49. 2009年、初めてみる植物ハマベンケイソウ(多年草 ムラサキ科)が波打ち際近くにあった。この植物との出会いで、砂州の植生に興味が高まった。翌年、この場所が波に洗われ姿を消した。
49ハマベンケイソウ

50. その後、ハマボウフウ(多年草 セリ科)が砂州上にあった。以来、その広がりに楽しみが増した。
50ハマボウフウ

51. ハマボウフウは、安定した砂地に生きる。風でタネが運ばれた(風散布)。花は動物たちでにぎわう。この数年7株が確認された。春の早い時期には、ハマエンドウの花が動物たちでにぎわっている。
51ハマボウフウ

52. 2013年5月の観察メモである。
52 2013年5月の観察メモ

53. 今回は突堤に焦点を当ててみる。写真40〜41をみると、砂浜にうずまっている。この写真はそのうずまった突堤である。

突堤の目的は、侵食を防ぐことにあるので、目的が達したかのように見えたが、再び姿を現したのである53突堤

54. 2013年12月末のスケッチ図。2013年11月30日に「農業用護岸工」設置について、最終的な住民説明会があった年で、砂浜がなくなるという危機感があり、踏み込んで調査を続けていた。建設は年が明けた春である。税金のバラマキである。

迎えた冬は12月中旬に寒波がやってきた。除雪を強いられ、気温が上がると雪解が融け、長流川も増水に見舞われた。
54 2013年12月末のスケッチ図

55. 翌年の3月、その異変をスケッチした。2月には、雪?きのためにブルドーザーが入り、街の雪捨て場がなくなるほどの雪が降った。川の増水で砂州が削られ、テトラポッドに襲いかかったのである。
55異変

56. 水の侵食作用は、テトラポッドの底の砂を削る。コンクリートの重さで沈んだのである。温暖化が、河口の人工物を動かしたのだ。
56突堤と砂州が繋がる

57. 1か月後の様子。
57 1ヶ月後の様子

58. 海に長く伸びていた突堤は、流水の3作用によって大きく変化したのである。地球温暖化を実感した。
58大きく変化した突堤

posted by 忍ちゃん at 15:47| Comment(0) | 河口と海岸をめぐって

2020年08月20日

河口と海岸をめぐって 特別編

森・水・人ネットのホームページ 火山マイスターでもある安藤さんの河口と海岸をめぐっての特別編です。長流川河口の砂州の様子を紹介します。

posted by 忍ちゃん at 21:21| Comment(0) | 河口と海岸をめぐって

河口と海岸をめぐって〜5

35. 2012年5月、茨城県で竜巻による被害が発生した。北海道胆振西部も季節外れの豪雨に見舞われた。市民も気象異変を実感した。河口から約4km上流の様子である。7月下旬、猛暑日が6日間続いた。
35豪雨

36. 河口にも流木が積み重なった。おびただしい土砂が上流から運ばれた。沿岸は茶色に染まった。
36豪雨の河口

37. 2013年、京都・渡月橋周辺が床上浸水した。14年には、室蘭沖で竜巻が目撃され、9月には白老町(アイヌ文化復興拠点「ウポポイ」・民族共生象徴空間のある町)に、大雨特別警報が出され、山間で1時間に110oの雨が降った。2015年には爆弾低気圧が胆振西部を相次いで通過した。河口には巨大な流木が積み重なった。
37豪雨の河口 大木

38. 汽水域にも山からの贈り物が流れ着き、まるでゴミ捨て場となった。汽水域の入り口近くにはアキグミが背を伸ばしている(2012年初確認)。
38河口はゴミ捨て場

39. 2015年、今まで見たことがない蛇行が生じ、小さな島ができた。おびただしい土砂が上流から運ばれ堆積し、大量の濁流が流れ、蛇行と侵食が行われ、短時間に地形が変化したのである。
39豪雨が土砂を運ぶ

40. 1か月後、大量の土砂が堆積し100数十mあったテトラポッドが沈んだようになった。
40土砂で埋まるテトラポット

41. その1か月後、テトラポッドが姿を現したのだ。この数カ月に起きた河口の激変である。この激変に気づいた近所の人は「こんなの初めてだ。ゲリラ豪雨による大量の水だ」と関心を示し見に来ている。
41埋まったテトラポット

42. 干潮時刻の観察図である。潮の満ち引きは、太陽と月が地球の海を引っぱり上げることによって起きる。引く力が太陽と月が一直線になった満月と新月近くである。海水面は、月の公転によって四六時中変化するので、観察図は月齢を記述し、記録には時刻を入れ、一瞬をとらえたかのように描いている。
42長流川河口砂州観察メモ

43. 月の満ち欠けは、新月⇒三日月⇒上弦⇒満月⇒下弦⇒新月を約29.5日かけて行われます。新月を月齢0、三日月月齢3、上弦月齢6.6〜8.2、満月月齢13.8〜15.8、下弦月齢21.4〜22.8として表わしている。月齢0.5は新月の時。太陽―月―地球が直線に並んだ時である(満月は、太陽―地球―月が直線上に並ぶ)。
観察メモの精度を上げるため、人工物・コンクリートの直線を利用した歩測を行うことにした。
43長流川河口砂州観察メモ

44. 月齢7.8の「上弦の月」と言われる時期の観察メモである。月齢7.8とは29.5日の約4分の1で、新月と満月の中間で干満の差が少ない時期。「小潮」と言う。2015年10月は爆弾低気圧が2つ、ここを通過した。この頃から、防波堤に土砂が堆積し、新しい砂浜ができ始めている。
44長流川河口砂州観察メモ

posted by 忍ちゃん at 16:09| Comment(0) | 河口と海岸をめぐって

2020年07月29日

河口と海岸をめぐって〜4

28. 3.11大津波以降の汽水域の出入り口の様子だ。干潮時には水の出入りが阻まれ、汽水域が孤立するようになった。
28大津波以降の汽水域の出入り口

29. 3.11、1年半後の汽水域だ。出入り口にはヨシが侵入している。満潮時に水が入るが、湧水が多いのも要因となっているようだ。
29 1年半後の汽水域

30. 3.11、2年後のスケッチである。ヒバリが警戒する声に気づき、双眼鏡で場所を確認し行って見た。巣はなかなか発見できなかった。
30 3.11、2年後のスケッチ

31. 5羽いたヒナは、動物の(私の)接近に固まっていた。本能であろう。撮影後、枯葉は元通りにしておいた。巣立ちは何時かと気になり、以後2度、親ヒバリの様子をうかがい、2度目の時、親ヒバリがいなくなったので行って見た。空だった。キタキツネに荒らされた形跡は無かった。無事巣立ったようだ。
31ヒバリヒナ

32. 河口の理解度を高める意味で説明をしておこう。2級河川、道の管理下に置かれている。三角点があり(海抜3.2m)、津波防止の横引きゲート(高さ1m)がある。3.11の時には動かした形跡はない。道の防災会議では5mを予想しているので役立たず。

階段工、突堤、浜崖など、馴染みのない言葉だと思う。陸の成長の速い場所である。
32津波防止の横引きゲート(高さ1m)

33. 横引きゲートから見た終末処理場側である。背の高い植物はメマツヨイグサである。

最近、ハマニンニクの群落に侵入している。植物の根はそのほとんどが地中の菌根菌と関わっているという。メマツヨイグサの菌根菌ネットワークの方が活発なのだろう。

新コロナウイルスの存在を終末処理場の水で検査することが注目され始めている。覚えてほしい。
33メマツヨイグサ

34. 2013年秋、汽水域にはハチジョウナが咲いていた。
34ハチジョウナ

35. 12月末、この年の締めくくりとして観察記録図を作った。横引きゲートからの砂州の幅80mは、「歩測」で導いた。歩きやすい砂1歩73cm、柔らかく歩きにくい砂1歩68cm。平均70cmであることが分かった。砂浜の柔らかさを足で感じると、形成の時間史、植生も憶測できるようになる。
35観察記録図

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 15:14| Comment(0) | 河口と海岸をめぐって