2017年05月27日

空の雲E 噴気雲

9.    有珠山の噴気雲@
2015年11月のHPで紹介した2012年秋の「噴気雲」である。この雲は、1977年噴火時の噴気孔から出た蒸気が、そのまま雲へと変身したものである。消えもせず、他の雲もあまり存在もせず、気象条件の極めて微妙なバランスの中で生まれたものである。「噴気雲」と名付けた。9

10.    有珠山の噴気孔@
蒸気の出所はすり鉢の中にある。左の矢印は小有珠山の山頂付近。77噴火の最初の噴火があった所で、その後、他の場所の噴火で火口は埋まってしまった。
右の矢印の噴気孔は、77噴火時、高熱のマグマが顔を出したところで、今でも熱くて温度計での測定が困難なほどである。10

11.    有珠山の噴気孔A
写真の噴火口は通称“銀沼火口”と呼ばれ、77噴火の最後に近い時期にできた火口である。11

12.    1979年銀沼火口
噴火2年後の銀沼火口の様子である。蒸気が激しく上っていた懐かしい写真の一枚だ。12

13.    有珠山の噴気雲A
2012年以来、出来たかもしれないが出くわすことはなかった噴気雲だ。砂州の調査をしていた時、偶然出会うことが出来た。2012年よりもはっきりしている。感動だ。10分ほどで乱れ消滅した。気温が上昇したからだろう。カメラがあってよかった!13

14.    マウナロアの不思議な雲
ハワイ・マウナロア(標高4170m)裾野の不思議な雲である。いったいどこが供給源なのだろうか。冷たい空気の塊が、混じり合うこともなく移動してきたとしか思えない。
ハワイ島は43万年前にできた島だ。島をつくったマグマは地下数千kmのマントル内部のホットスポットから湧き上がってくるという。この島から300km離れたオワフ島は370万年前の島。科学者がこれに目をつけ、計算から1年に約10cmの速さでプレートが動いていることを発見した。
それに対し日本列島のマグマは、プレートの沈み込みにより、地下110km、あるいは170kmに出来、地表に湧き上がってくるのだ。14

15.    チェコ・プラハ近くの飛行機雲
飛行機雲の供給源は戦闘機だ。ヨーロッパの空は四六時中この雲が現れる。ブタペスト滞在時、建国記念日に出くわした。元軍人が、こっそり博物館の庭に展示した戦車にガソリンを入れ、それを運転してデモ行進し逮捕されたという。真夜中までサイレンで賑わうほどのお祭りだった。空の雲にも深い物語があるものだ。
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(「雲」 とりあえず 終り)

posted by 忍ちゃん at 17:21| Comment(0) | 自然・空・海・陸

2017年04月28日

空の雲D 帯雲

5.    帯雲
非常に珍しい帯状の雲。といっても、穏やかなお天気であればよく現れる海の雲です。
北海道内浦湾は直径50kmの円形です。この帯雲は数十キロに及ぶ長さがありそうですね。雲の下面はナイフで切ったように真っ平ら。海から同じ高さの地点に露点があるということになる。お見事!
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6.    砂州に立つ老人と帯雲
13年間で長さ約600mに成長した砂州に老人が立っている。多分、こちら側から川に沿って歩き、どこかの橋を渡って向かい側に行ったに違いありません。この川の源は50km奥、支笏湖に近い美笛峠近くの沢です。
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7.    冬至直前の帯雲
ほどよい霧が海上に漂う穏やかな天気の夕方です。インフルエンザが流行り出し、年賀状をつくる時期なのに海は暖かい。北国の冬至を吹き払うような穏やかな夕焼けです。日の出午前7時前後、日の入り午後4時前後で『昼の長さ』わずかに9時間。カラスは午前6時30分頃ねぐらを飛び出し、午後4時30分頃ねぐらに帰る。彼らの昼は10時間。
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8.    2011年の傷跡
海の上は、蒸発した水蒸気で満ちており、澄み切った空を見るチャンスは少ないものである。どんよりとした空気を突破し、3.11の大津波2m余がこの河口にも押し寄せた。その引き波で砂州のすべてを奪い去ったのである。足跡は私の長靴とエゾシカ。
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9.    向かい合側の様子はこの写真。横引きゲートは普段使っていなかったので、さび付き作動しなかったそうである。『東北で良かった』と発言し更迭された大臣がいた。津波の被害がここまで及んだというのに。
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10.    10年前はこんな様子だったが、大地の輪廻が進み、毎年、大量の土砂がこの河口に運ばれ国土を広げているのだ。国土が狭くなるからと海岸に「農業用護岸工」をつくったが、大地の輪廻を御存じないようだ。
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(つづく)

posted by 忍ちゃん at 21:48| Comment(0) | 自然・空・海・陸

2017年03月25日

空の雲C 妖雲(よううん)

1.    街を呑み込む妖雲
2015年10月から雲シリーズを3回お贈りしました。第1回目の一コマをご記憶でしょうか。その時の妖雲です。南(左)に移動しやがて雨が降りました。街を呑み込むような怖さ、働く人々を大企業が呑み込んでいるような日本の現実の様子を象徴しているようです。

街を呑み込む妖雲

2.    三松正夫の妖雲
妖雲といえば「三松ダイアグラム」で世界的に有名になった三松正夫の『妖雲』です。「1943年12月28日」に洞爺湖側の有珠山の麓で有感地震が始まりました。その3日目、大みそか12月31日に、三松正夫は有珠山山腹に棚引く「見慣れない雲」を感じ、「妖雲」(よううん)と名付け日記にスケッチしました(「生成日記」より 協力:三松三朗氏 赤字は私が記入)。

1月4日、1月5日にも「有珠山々腹の妖雲は相変わらず棚引いている。この霞様妖雲は洞爺湖温泉町から九万坪迄で、活動に関係あるように思われる。」と日記に書いたのです。
今では、『地下の岩石の粉砕によって電荷が現れ、電場が台地から大気中に及ぶことによって、水滴核が形成され霧が発生するというメカニズム』であることがわかっています。70数年前の歴史的妖雲の記録です。2000年噴火の時も洞爺湖からカラスが消えたのも、足で電荷を感じ取ったからに違いありません。

三松正夫の『妖雲』

3.    噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲
上空との温度差が大きくなると、時々、竜巻が目撃されます。1796年8月、イギリス探検船プロビデンス号が水補給のために室蘭絵鞆の湾に姿を見せました。1797年にもやってきて室蘭港を測量し天然の良港として世界に紹介しています。
ついでに虻田沖(現洞爺湖町)にもやってきて水補給しています。船長ウイリアム・ロバート・ブロートンは、樽前山、駒ケ岳、有珠山の噴煙を眺め「Volcano Bay」と名付け紹介しました。
慌てた松前藩は「異国船来航」を江戸幕府に報告したことで、幕府は対策を練り始めたとのこと。

噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲

4.    朝の妖雲
我が家の2階からみた恐ろしくも感動的な妖雲です。太平洋からの湿った空気が、標高700mの峰々を駆け上り積乱雲をつくる。そのお蔭で山々に雨をもたらし、アイヌはこの地方を「モンベツ」(「静かな川」)とよびました。有珠アイヌの人々の助言をもとに、1870年4月仙台藩亘理伊達家250人がモンベツに移住しました。川から飲み水を引き、水田・畑の用水を確保できたことが今日の伊達紋別の礎となったのです。

噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲

posted by 忍ちゃん at 11:43| Comment(0) | 自然・空・海・陸

2016年08月31日

徳舜瞥山からの絶景が・・・・大滝巨大風車建設問題を考えた

@ 徳舜瞥山

北海道洞爺湖の北東部に三角に鋭くそびえる徳舜瞥山(1309m)の案内板(5合目駐車場)。霧に覆われることが少なく5合目まで車で行ける便利さと、眼前に迫る山頂が登山愛好家を挑発します。それが人気の秘密でもある。新第三紀のホロホロ火山による熔岩の上に徳舜瞥火山が顔を出し、その溶岩がホロホロ熔岩の上に覆いかぶさったという。

@ 徳舜瞥山登山道入り口

A ナンブソウ

めったに見られない野草も迎えてくれる。週平均20名の登山者が名簿に名を連ね、オロフレ山より多いと森林管理署の方が教えてくれました。7月20日〜30日では82名(1団体含む)、8月15日〜25日44名の登山者がありました。

A ナンブソウ

B サンカヨウ

急峻なこと、午前中、登山道が日陰であることも人気の秘密なのかもしれません。道内はもちろん、兵庫、富山、東京、横浜などの愛好家も訪れています。ガレ場の高山植物もそれなりのものに出会えますし、春には、残雪とチシマザクラが高山の瑞々しさをいっそう引き立ててくれます。

B サンカヨウ

 C輝石安山岩

山頂部の板状の輝石安山岩です(約2000万年前のもの)。向こうに見えるのがホロホロ山です。徳舜瞥から30分で登頂できます。360°の展望は絶景です。

C ホロホロ山

D 山頂の看板

看板もすごいです。山頂の岩場にはミヤマアズマギクが咲いていました。

D 山頂

E 登山者へアピール

5合目駐車場に訴えの署名用紙を設定しました。どれだけ風雨に堪えられるか苦肉の策です。濡れはしないかが心配です。

E 署名を訴える

F羊蹄山の前に巨大風車が…

この署名用紙は、景観が台無しになるという山を愛する私の発想としてつくりました。

この写真は巨大風車が建った時、徳舜瞥山から羊蹄山の方を見とこのように見えると想定しつくったものです(高さ134m50基)。既成の風車を距離ごとに写真で撮り、7km先の嶺では約1cmになることが分かりました。山や自然を愛する者にとっては愕然とする風景です。記念写真も台無しです。

F 破壊される景観

G 署名運動・・・・・・

終了しました。179名・4団体の方々から賛同をえました。(2016/10/23)

登山名簿に記載し、登山した人数の27%の方々に署名していただいた結果となりました。


黙っていては大変!とばかり署名用紙を作りました。山をこよなく愛する皆さん、登頂後の感想を含めこれらの事実を発信してください。また、主旨に賛同いただける皆さん、署名を送って下さい!経済産業省、北海道・伊達市などに、賛同する方々の気持ちを伝え、中止を求めたいと思います。 署名用紙PDF

G 署名用紙

posted by 忍ちゃん at 21:34| Comment(0) | 自然・空・海・陸

2016年06月01日

海岸・砂州@

6月11日(土)「森ネット」主催の「リーダー研修会」が行われます。この研修会は「海岸のしくみ」「砂州の形成と植生の変化」「護岸工建設の現状」を学び、広い視野で「自然を生かしたまちづくり」に生かしていこうということが目的です。

01 研修会場の海岸

研修会で使用するパンフレットの第1図です。海岸に立ち海を眺め、風、匂い、波の様子、海の色・・・を察知し、1図にある言葉の意味を知ることから研修会が始まります。

02

3.11大震災の衝撃は日本国民に精神的な打撃を与えました。この写真は追悼の意味を込め、まだ雪に覆われた有珠山(北海道伊達市)に登り東北に向かって合掌した時のものです。長流川(おさるがわ)にも2mを超える津波が押し寄せました。

03

2008年から始めた砂州の歩測による記録をもとに、月齢、干潮時刻、調査時刻などの条件を統一し、3.11後の砂州の様子を記録したのがこの図です。調査しながら津波の溯上と“引き”によって、力学的なメカニズムはわからないが、堆積した砂泥の差で砂州に大きな変化が起きたことは間違いないと思いました。

04

posted by 忍ちゃん at 18:18| Comment(0) | 自然・空・海・陸