2016年09月27日

海岸・砂州D

「前浜 見守り隊」がニュースを発行
2014年7月15日 公共工事がどのように行われるのか、それを記録し知らせるニュースが発行され、関心の高い前浜住民、一般市民にも配布された。5年間で5億円の税金が「海岸の侵食」というもっともらしい理由で使われるのである。そして2年後に撤回されるのだ。行政と住民の関係は、まるで東京都の『豊洲市場移転劇』の公共事業を思い起こす。

13 ニュースbP

 

破壊された砂丘
14 破壊された砂浜

我が家は海抜1.2mで海岸から250m陸側にある。3.11の際「避難準備」中に広報車が「避難指示」を呼びかけて去った。この「農業用護岸工」は「1896年明治三陸大津波、1952年十勝沖、・・・の津波を参考に、2.7mの津波を想定して設計している」と振興局は資料を示して説明した。住民は、伊達市防災マップ(2012/9配布)では“十勝沖”の大地震で、第一波が6.6m 72分後にやってくるのに「低すぎる」と指摘した。破壊された砂丘は海抜3.6m、つじつまが合わないと激しく住民は抗議した。振興局は「津波対策ではなく侵食防止が目的です」と防戦一方だった。3.11の津波は約2m余。砂丘は津波を阻止していたのである。

 洗掘被覆ブロックが登場
15 洗掘被覆ブロック

工事もいよいよ最終段階となり、海岸での波による「侵食」を防ぐ「洗掘被覆ブロック」(1個6トン75,000円)が巨大クレーン(使用経費一日20万円だそうだ)で設置されていった。この工法は波の穏やかな港湾で見られるもので外海ではめったに見る事が出来ないのである。住民は「何のため?」と行く末を指摘したのである。

 20日で崩落
案の定、被覆ブロックは用をなさず、わずか20日で砂浜に崩落、時を経るごとに砂の中に埋もれて行ったのである。振興局の技術関係者がこの洗掘被覆ブロック方式を業者に提案したのかはわからないが、税金の無駄遣いは明らかだ。喝!裏に何かありそうだ。
16 20日で崩落

posted by 忍ちゃん at 19:46| Comment(0) | 伊達の海

2016年08月31日

海岸・砂州C

10. 「侵食」をめぐって激しい対立

2013年10月、住民説明会が行われた。胆振総合振興局産業振興部農村振興課は、海岸の侵食の事実を示すためにこの場所の写真を掲載したプリントを配布し住民を説得しようとした。ところが住民は「あなた方は砂浜が元に戻ることを知らないのか」「あなた方は海を知らないのか」と一斉に反発した。振興局は絶句したのである。
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11. 元に戻った砂浜

住民説明会後、2か月後の砂浜である。夏は南西の風、冬は北西の風。この風によって波の向きも決まる。振興局が示した写真の場所は、振興局の都合の良い浜崖で(はまがい)、海岸を知らない市民には説得力がると思ったのかもしれない。しかし、自然の営みは全く違うのだ。住民に軍配が上がったのである。
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12. 唯一の資料〜有義波高

最終の説明会と称し、翌11月に配布された資料である。科学的な資料だったが肝心の調査日がない!振興局は波が集中する区間を図に示し「侵食」を説明したのだ。荒波の特徴である「沿岸バー」(沿岸砂州)は、高低差わずか0.5mのものであり激しく侵食されるような海岸ではないのである。しかし、「侵食」を理由に5億円の予算消化に踏み出したのである。

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posted by 忍ちゃん at 21:01| Comment(0) | 伊達の海

2016年07月26日

海岸・砂州B

1. テトラブロック

6月11日「森ネット」主催の観察会この河口砂州上で行われた。図にあるように目的を失い放置されたテトラブロックが数多くある。H27年度価格1個26,000円。伊達市西浜〜館山下浜1.2kmには合計13か所のテトラブロック突堤があり、総計約2,300個、現在価格で600万円が投入された。効果がなかったようである。

長流川河口テトラブロック

1. 機能を失った突堤

河口は川からの砂泥の出口である。その砂泥を確保するために両側に突堤を設置したはずだった。しかし、日々起きる満干、日々起きる波の進行方向の変化、時折やってくるうねりの到来、そして、3.11の大津波で海底の撹拌が激しく起こった。自然界は実験室の予想をはるかに超えた侵食と堆積が起きているものなのである。

機能を失った突堤

1. 新たなコンクリートの投入

1億2,660万円をかけ100mの「農業用護岸工」建設を進めている(伊達市館山下海岸)。埋もれたテトラブロックが掘り出された。今年は3年目。東北大震災に関わる国土強靭化法で集めた税金、つまりあなたのお金も使われたのだ。5年間で総額約5億円の予算がついたという。そして彼らの言い分が実に欺瞞なのだ。

埋もれたテトラブロック

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 17:43| Comment(0) | 伊達の海

2016年06月30日

海岸・砂州A

「大地ができる瞬間」を見ることはない。しかしこの長流川河口では、大地・砂州ができる瞬間を見ることが出来るのだ。2007年に行われた河口の観察会である。子どもも大人も、生まれてはじめて見る河口の変化に感動し、思い思いに“散歩”をはじめた。
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7年後の同じ場所。陸の変化としては海岸のクロマツが1本伐採されただけ。しかし海岸は大きく変化している。季節的な違いはあるが、テトラブロックが沈み砂丘が形成されている。植物の進出が際立っていると思いませんか。大地の形成である。
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さらに1年後。明日は「3.11東北大震災―5周年」。前日の北海道の河口である。5年前は2mの津波がここにやってきた。追悼の撮影である(月齢1.0、大潮、干潮時刻9:24 室蘭)。テトラブロックが沈みその機能を失っている。その分砂浜が広がった。国土が侵食されるとして投入されたコンクリートも、今や、粗大ごみである。お粗末!
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posted by 忍ちゃん at 17:31| Comment(0) | 伊達の海

2015年10月23日

長流川 河口砂州 B その成長と変化

写真の奥に、長流川河口から東に約1kmに建設された伊達漁港の巨大な築港が見える。

海に伸びた250mコンクリートが、東からの高波をさえぎり、回り込んだ波が浜を削る。西からの高波が来れば、削られた浜に砂を堆積する。


漁師たちは、築港建設後、浜が激しく変化したと言う。


3.11の津波2mがやってきた。砂丘はこの津波を阻止し、皮肉にも、川を遡上した津波によって被害が生まれたのである。

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河口砂州にできた干潮時の波紋である。

地質学上では漣浪(れんろう)『リップル』という。実はこのリップルは、水流の弱いところで形成されるもので、より強くなると、波紋の幅と高さが大きくなる堆積時の流れの向きを知る重要な手掛かりとなります。

目に見えない砂州の海には繊細な自然の営みがあるわけです

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新しくできつつある砂州上に、どのような植物が進出してくるか観察を続けている。


当初、河口の左右にできていた砂州は、季節ごとに消滅・出現を繰り返していたが、2010年頃から、川の流れ出る方向と沿岸流の方向へと成長しはじめ、砂州の砂丘が、冬の高波をブロックするようになった。

もしかしたら、砂州の陸側は安定的な干潟へと遷移するのではないかと思った。

汚染水も流れてくる河口。「地球温暖化の主要な原因が人間の活動だ」と実感できる河口である。


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posted by 忍ちゃん at 19:32| Comment(0) | 伊達の海