2017年03月25日

空の雲C 妖雲(よううん)

1.    街を呑み込む妖雲
2015年10月から雲シリーズを3回お贈りしました。第1回目の一コマをご記憶でしょうか。その時の妖雲です。南(左)に移動しやがて雨が降りました。街を呑み込むような怖さ、働く人々を大企業が呑み込んでいるような日本の現実の様子を象徴しているようです。

街を呑み込む妖雲

2.    三松正夫の妖雲
妖雲といえば「三松ダイアグラム」で世界的に有名になった三松正夫の『妖雲』です。「1943年12月28日」に洞爺湖側の有珠山の麓で有感地震が始まりました。その3日目、大みそか12月31日に、三松正夫は有珠山山腹に棚引く「見慣れない雲」を感じ、「妖雲」(よううん)と名付け日記にスケッチしました(「生成日記」より 協力:三松三朗氏 赤字は私が記入)。

1月4日、1月5日にも「有珠山々腹の妖雲は相変わらず棚引いている。この霞様妖雲は洞爺湖温泉町から九万坪迄で、活動に関係あるように思われる。」と日記に書いたのです。
今では、『地下の岩石の粉砕によって電荷が現れ、電場が台地から大気中に及ぶことによって、水滴核が形成され霧が発生するというメカニズム』であることがわかっています。70数年前の歴史的妖雲の記録です。2000年噴火の時も洞爺湖からカラスが消えたのも、足で電荷を感じ取ったからに違いありません。

三松正夫の『妖雲』

3.    噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲
上空との温度差が大きくなると、時々、竜巻が目撃されます。1796年8月、イギリス探検船プロビデンス号が水補給のために室蘭絵鞆の湾に姿を見せました。1797年にもやってきて室蘭港を測量し天然の良港として世界に紹介しています。
ついでに虻田沖(現洞爺湖町)にもやってきて水補給しています。船長ウイリアム・ロバート・ブロートンは、樽前山、駒ケ岳、有珠山の噴煙を眺め「Volcano Bay」と名付け紹介しました。
慌てた松前藩は「異国船来航」を江戸幕府に報告したことで、幕府は対策を練り始めたとのこと。

噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲

4.    朝の妖雲
我が家の2階からみた恐ろしくも感動的な妖雲です。太平洋からの湿った空気が、標高700mの峰々を駆け上り積乱雲をつくる。そのお蔭で山々に雨をもたらし、アイヌはこの地方を「モンベツ」(「静かな川」)とよびました。有珠アイヌの人々の助言をもとに、1870年4月仙台藩亘理伊達家250人がモンベツに移住しました。川から飲み水を引き、水田・畑の用水を確保できたことが今日の伊達紋別の礎となったのです。

噴火湾(正式には内浦湾)の妖雲

posted by 忍ちゃん at 11:43| Comment(0) | 自然・空・海・陸
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