2020年11月09日

河口と海岸をめぐって〜9

71. 住民説明会で配られた海底図である。「有義波高」「海底コンタ」など、専門用語があり住民は戸惑った。住民を説得しようと上司が室蘭からわざわざやってきて調査日付のない図を示し、「理由は『侵食』ではなく、『数十年に一度起きる(高波による)越波を防ぐため』だ」と訂正した(2013年11月)。
71長流川河口海底図

72. 海底図をカラー化してみた。全体として、長流川の堆積物が次第に沿岸を浅くしているのがわかる。予算が付けば理由など、どうでもいいということのようだ。
72長流川河口海底図カラー

2020年9月下旬、かつて胆振総合振興局農務課に勤めていた職員が(2016年春ころ)、官製談合の疑いで旭川警察署に逮捕された。胆振にいた頃、業者に入札情報を漏らしたというのである。

安倍政権下、復興税1兆円がばらまかれた。税金の奪い合いが行われたはずだ。見返りを期待する行政側の気の緩みがあったのではないか。

73. 2016年9月21日、砂州上の植生を調査した。強風、濁流の影響を受けやすい砂州である。
73砂州上の植生を調査

74. 激しい変化の様子を、時系列で追ってみよう。破砕帯とは、「海底図」で示された海の中の断崖、水深3~6mの所である。

沿岸からやって来る波は、この海の中の断崖にぶつかり盛り上がる。白波が見えるのはこのためである。
74長流川河口観察メモ

75. ゲリラ豪雨で大量の土砂が流れ込み、堆積が進む海岸線である。
75堆積が進む海岸線

76. 台風10号がやってきて、突堤も埋もれた。一方で、浜崖ができ海岸線に進出していた植物を洗い去った。
76長流川河口観察メモ

77. 2016年の冬を迎え、北西の季節風が吹き荒れた。それに合わせるかのように、波の向きも北西方向からやってくる。砂州の形も東に伸びた。長流川も東に向きを変え、蛇行した。
77長流川河口砂州観察メモ

78. 秋、広がっていた海岸線を侵食し、突堤gJの砂底を侵食した。
78長流川河口砂州

79. 春を迎える頃、突堤gJは沈んで見えなくなった。突堤の役割はなくなった。
79砂に沈む突堤

80. 春の嵐が去り、突堤gIが流れをさえぎり、不思議な砂州となった。経過を見ていなければ説明できない砂浜となった。
80長流川河口観察図

81. かつて蛇行していた川の名残である。いずれ、この水溜りも消えると予想された。
81長流川河口

82. 2017年秋の植生調査である。浜崖が2か所できている。先駆的植物はオニハマダイコン(外来種)とオカヒジキである。続いて、ハマニンニクの島状草原(パッチ状草原)ができる。ウンラン、コウボウムギ、メマツヨイグサは、安定的な浜崖の上に生育する。
82長流川河口砂州植生調査

83. 2020年の5月、ハマエンドウ(マメ科)の群落ができていた。浜崖の上、安定的な場所に広がっている。根粒菌の助け受けた有利さがあるからだ。
83長流川河口植生 ハマエンドウ

84. 消えると思われた長流川の名残は、容易に消えない。地下水が流れ込み、地下水として流れ出ているようだ。突堤gIも、gJと同じように沈んで見えなくなり、砂浜が広がった。かつて、砂浜を歩いて行けなかった突堤gHに、歩いて行けるようになった。堆積が進んでいる。
84長流川河口 進む堆積

posted by 忍ちゃん at 14:45| Comment(0) | 河口と海岸をめぐって