2019年11月27日

石ころ物語 街なかの石ころ2

108. 見事な日高石

隣町・室蘭市の市営運動公園の巨大な石ころ群である。陸上競技場兼サッカー場がある。市営だからこの石ころは税金で買われたものだ。
108. 見事な日高石

109. 歌碑は安山岩

わが町、北海道伊達市ではどうか。記念事業に建てられた歌碑の一つである。コンクリートの上に建てられた。水分量の多いコンクリートは劣化が速い。
109. 歌碑は安山岩

110. 健在な安山岩

1988年建立だそうだ。建ってまだ30年、年数は浅い。安山岩はまだ健在である。施工業者の銘がある?
110. 健在な安山岩

111. 開基100年の記念碑

仙台・亘理藩主は、1868年に、新政権から移住の許可をもらった。戊辰戦争では、仙台藩は反政府軍である。新政権から許可を取るは相当の苦労があったようだ。「蝦夷地を守る、自費で行く」との理由で交渉したそうだ。亘理藩主・伊達邦成(くにしげ)が住んだ場所に碑を立てた。
111. 開基100年の記念碑

112. 本郷新・作

今から50年前、彫刻家・本郷新が「躍進」と名付けた作品である。今年が150年記念の年で色々な行事が行われているが、一般市民は生活に追われ、それどころではない。
112. 本郷新・作

113. 黒雲母花崗岩

「躍進」は、黒光りする黒雲母花崗岩にはめられている。この9月、人口3万4千人を切った。人口減少はさらに加速する。「躍進」は過去のものになりそうだ。
113. 黒雲母花崗岩

114. カオリナイト化

枠は桃色の花崗岩‐桃色花崗岩である。地下深くの花崗岩が、酸性の熱水作用で鉱物が桃色に変質したとのこと。カオリナイト化というそうだ。カオリンという言葉を聞いたことがあるが、関係ありそうだ。
114. カオリナイト化

115. 有珠山溶岩

明治9年1876年、三條実美・太政大臣がこの地に巡視にやってきた。その時に植えたアカマツである。置いてある石ころはその時のものとは思えないが、有珠山の溶岩である。
115. 有珠山溶岩

116. 酸化した赤い溶岩

三條実美は、幕末の尊王攘夷・討幕派の中心人物。戊辰戦争で敗北した仙台藩は、62万石を28万石へと減封された。そのあおりを受け、亘理藩は58石5斗。

溶岩の鉄分が酸化しのだろうか。無造作に置かれた石ころも、時とともに変化している。
116. 酸化した赤い溶岩

117. 飛び石と玉砂利

このお宅の赤味を帯びた飛び石は、有珠山の安山岩ではなく、数百万年前に噴火した紋別岳の安山岩のようだ。板状節理のこの色の特徴に似ている。

玉砂利は、石ころを加工して作られるが、白い石ころは大理石だろうか?
117. 飛び石と玉砂利

118. こんな玉砂利もある

玉砂利も色とりどりである。白だけではなく、黒、茶、青もある、砂利を敷くと、風で運ばれた砂が砂利の隙間に入り、雨によって下に浸み込んでいく。植物のタネが飛んできても発芽できるような環境ではない。草刈の手が省ける。
118. こんな玉砂利もある

(つづく)

posted by 忍ちゃん at 19:00| Comment(0) | 石ころ物語